鹿野 淳(MUSICA)
金子厚武(音楽ライター)
カツセマサヒコ(ライター/小説家)
矢島由佳子
(音楽編集者・ライター)
三森隆文
(株式会社ジャズジャパン)
山本隆 (disk union)
出嶌孝次(bounce)
柴那典(音楽ジャーナリスト)
兵庫慎司(音楽ライター)
竹田ダニエル
(カルチャーライター)
平賀哲雄(音楽ライター)
8th full album『DISCOVERY』発売特別企画
8th full album『DISCOVERY』の発売を記念し、fox capture planと交流の深いアーティストや
著名人の皆様にアルバム収録楽曲のレビュー執筆をして頂きました。
※随時更新していきます。
【楽曲レビュー】
Track 01.「Into the Spiral」
音楽は「聴く」「感じる」「観る」「歌う」「ノる」「やる」など様々な楽しみ方があるが、上に記した中で歌がないと成立しないものは一つしかない。つまり音楽に言語(=歌詞)が大事だと感じるのは商業主義な考え方に過ぎず、例えば学生時代はロクに英語の授業に出ていなかったので洋楽ロックが何を歌っているのかわからなかったけど、それでも寝る間も惜しんでそれらを聴き狂っていた僕のような人間にとっては歌も音色の一つに過ぎない。それらを含めて音楽というのは自由で様々な解釈をすべて包み込むものだと今も思う。
一聴すると、とても優等生。二聴すると、胸騒ぎを催す。三聴すると誰かとこの興奮をシェアしたくなり、四聴すると跳ねまくったリズムに心が揺さぶられ脳内旅行の始まり。後半、ピアノからドラムのソロ流れの後の1分間は、今までの洗練されていた展開が嘘のように、不穏さや狂気を帯びたストリングスを軸に野蛮なアンサンブルが飛び交い、目が回ったまま突然終了。完全に持っていかれた。一曲目からこれだ、先が思いやられる。
正解や正論がないからこそ楽しい、まるで「ガイドブックなき旅」のようなアルバムにふさわしい、この上なきキックオフソング。
Track 02.「PRDR」
岸本亮の作曲による「PRDR」は、複雑な拍子のテクニカルなピアノのリフレインに4つ打ちが加わるポリリズミックなダンスチューン。エンジニアのSho Ueharaによる大胆なエフェクト処理も加わり、打ち込みに近いニュアンスの仕上がりで、かつてカバーしたこともあるUnderworld風のシーケンスが一瞬だけ登場する間奏から、ブレイクを経ての転調も非常にドラマチック。fox capture planのシグネチャーサウンドを決定付けた初期の名曲「衝動の粒子」を今に更新して(BPMはどちらも140)、結成10周年を控えるバンドのこれまでとこれからを結びつける、アルバム最重要曲だと言っていいだろう。
この10年でジャズを背景に持つミュージシャンがここ日本でもジャンルを横断しながら幅広いフィールドで活躍するようになったが、ロバート・グラスパーやケンドリック・ラマーらの人気も手伝い、フィーチャーされるのはヒップホップとクロスオーバーするUSのビートシーンと接点のあるタイプが多いように思う。それに対して「PRDR」が示すのは、ロンドンをはじめとするUKのクラブシーンとの接点であり、そんな彼らがドラマや映画の劇伴でお茶の間にまで浸透していることの意義は、もっともっと語られるべきだ。
Track 03.「Spread Out」
男はアクセルを強く踏み込んで、オートマのギアを切り替える。視界は狭くなり、目の前の一点だけ焦点が合う。景色は一瞬で流れていく。ハンドルを握る手の内側が、汗ばんでいる。カーブがきた時に、手を滑らせないだろうか。何度か強く握ってみる。握った分だけ、反発する感触がある。
両脇の道路照明灯が、等間隔で現れては消える。オレンジの光とフロントライトだけが、夜を照らしている。バックミラーにも、他の車は一台も見当たらない。さらに加速する。全身が緊張していくのを感じる。エンジンの回転音が大きくなるたび、高揚感が身体を満たす。広い三車線、わざわざ右側を走る必要もない。脳は思考を鈍らせて、感覚だけが研ぎ澄まされていく。心が解放されていく。収縮していたものがうんと手足を広げ、外側に、猛スピードで解き放たれていく。まだまだ、加速する。
例えばそんな緊張感や解放感、高揚感を、『Spread Out』を聴いているときに僕はイメージする。皆さんはどんな世界を描くだろうか。想像力がスピード感を持って広がっていくその瞬間を、何度でも体感してもらいたい。
Track 04.「Discovery the New World」
fox capture planのニューアルバム『DISCOVERY』には、これまで様々なサウンドメイクにトライしてきた上で「fox capture planにとって一番美味しい部分」とは何かを自ら見つけ出し、その部分がより一層美味しくなるよう磨きをかけた11曲が揃っている。彼らが貫いてきた音楽的スタンスを一言で表現するならば「天邪鬼で挑戦的」だろう。アルバムタイトルともリンクしている4曲目「Discovery the New World」は、ブラックミュージックのリズムや構成を取り入れた歌モノポップスが昨今日本で増えている中、fcpがあえてそれを表現し、歌詞がなくても聴き手に飽きさせない曲に仕上げるにはどうすればいいかを考えて生み出された。歌えるメロディラインがありつつ、ループするリフに踊らされ、激しく転調を繰り返すもすんなり耳に入り、スパイス的に入ってくるシンセサイザー音が心地いい違和感を残す。
この音から、あなたはどんな人物を想像するだろうか。実際は、天才で天然で変人だけど愛らしい岸本亮(Key)、年間数百曲をも構築的に作り、同様に構築的な作り方で料理も得意とする職人的なカワイヒデヒロ(Ba)、そしてドラムを叩いているときの迫力や激しい腕の回し方とオフステージでの穏やかさが対極的な井上司(Dr)。そういった彼らの人間性と技術がプロフェッショナルな音楽を生み出し、ファンや関係者たちを魅了し続けているのだ。
Track 05.「Sprinter」
筒美京平が亡くなり、もはや万人の心を掴めるメロディは生まれないのかと感傷に浸りつつ、『DISCOVERY』を聴いていると、インストなのに詞がわいてくる。言葉はなくても起承転結があり、ドラマがある。彼らを「ジャズジャパン」で初めてとりあげたとき、“2014年のジャズ・ロック”とネーミングした。いまもその考えは変わらないが、再生のあいだ幻の“うた”が聞こえつづけるのは彼らの成長だと思う。演奏と幻のうたは色彩豊かな光景をリスナーの潜在意識にあるイメージをモチーフにして描き、音と映像が脳内でライヴ・ステージを展開する。劇伴界での活躍もうなずける。「PRDR」はサスペンス・ドラマの急展開シーン、「Sprinter」はコレクティヴ・アイドル(乃木坂46…etc)主演ドラマのオープニングといった趣。「夜間航路」は70年代ソウルと菊地成孔へのオマージュ。「Numb」はジャズのニュー・スタンダードとして学生バンドに薦めたい。
筒美京平には松本隆がいた。そのコラボではときに詞から曲が生まれた。誰かfox capture planに詞を作りませんか。このメロディが聴き継がれ、歌い継がれるのが、彼らのネクスト・ステップだと私には思えるのです。
Track 06.「Narrow Edge」
2019年、昨年だけどfcpのライブを2回観る機会があった。2回とも海外だ。7月、ボルネオ・ジャズ・フェスティヴァル。マレーシアもなかなかジャズが盛んだ。そこにfcpが招待された。「彼らのことを知っている人いるのかなぁ」と思っていたら「家族全員がファンなんです」という一家も現れた。ライブはスタートと同時に大盛りあがりで、思わず、「興奮、坩堝」という単語が浮かんだ。若い人も、そうでもない人も音に興じていた。「なんか嬉しくなってきて「fcp、ボクの勤めている会社のアーティストなんですよ」と隣の熱狂する若者に思わず話しかけていた。もちろん現地のアーティストが出演する「おおとり」は別として、会期中一番の盛り上がりだったと思う。
それから10月、ユジノサハリンスク。「え、サハリンでジャズ?」と最初思った。イーゴリ・ブートマンが中心となり開催されているフェスティヴァルで、fcpが招待された。こちらは、コンサートホール。「興奮、坩堝」というよりは「冷静、沈着」という単語が浮かぶ。会場はさながらクラシックを鑑賞するような雰囲気であったが、終演後熱心なファンがサインを求めに集った。サハリンにもジャズを聴く人は大勢いるし、そしてfcpは受け入れられた。
Track 07.「NEW ERA」
資料によるとレコーディングは昨年の5月末に行われたそうで、『DISCOVERY』においては元号が令和になって最初の録音となる。それゆえの示唆的な曲名なのだろうが、昨年8月の配信リリース時にイメージされた〈新しい時代〉と、実際に訪れた2020年の間にどんな落差があったのかは言うまでもない。ただ、作中でも早い段階に録音されていたこの意欲的なナンバーが“夜間航路”と並んでディスカヴァリーの始まりを伝える一曲となったのは確かだ。凛としたピアノと美しいストリングス、繊細なポリリズムがfcp節を展開する序盤から、地を這うベースのうねりがグルーヴィーなSF調のディスコ・ファンクに潜行。さらにはシンセ主導の爆走フュージョンへとめまぐるしく景色を切り換え、ラストで壮大な爽快感を伴いながらメインのテーマに還ってくるという構成も清々しい。
野暮なことを言ってしまえば、そのように混沌を突き抜けて新時代へ向かう過程を描いたような展開の妙は、この時代を彩る音楽のメッセージとして実に相応しいものだろう。そんな攻めの楽曲がアルバム後半の幕開けに置かれていることも、『DISCOVERY』の備えたドラマ性をより強くしているように思う。
Track 08.「夜間航路」
「大ネタ使い」というのは諸刃の剣の手法だ。フレーズ自体がフックとして強力に作用する一方で、どうしてもまず意識がそこに行ってしまう。原曲との距離感がその表現に必然的に織り込まれる。ジャミロクワイの「Virtual Insanity」のピアノフレーズを引用したこの曲はまさにそのタイプ。元のフレーズの浸透度が強いから軽い気持ちで拝借すると持っていかれる。そういう意味ではかなり巧妙に作られていると感じるし、そこに唸らされた。16ビートの揺れるグルーヴとテンションコードをふんだんに用いた和声で、基本的にはジャミロクワイが象徴する90年代のアシッドジャズのラグジュアリーな光沢感に乗っかるタイプの楽曲だ。ただ、そこから徐々にfox capture planならではの節回しに旋回させつつ着地させる後半の展開が上手い。
fox capture planのみならず僕の好きなインストゥルメンタルバンドのグッとくるところは「声なしに歌う」ところだと思っている。鳴っている音に「顔で弾いてる感じ」が宿っていて、音楽に人間味が溢れ出していて、だからこそライブが祝祭の場所になる。この曲はシングルとしてもリリースされているが「ライブのセットの中の1曲」として聴くとそういう魅力がより前面に出てくる予感がする。
Track 09.「Stand My Heroes」
「ライブで3人で再現できないことはやらない」という、これまでのバンド内ルールをとっぱらい、「3人以外の音も入れる」「ライブの時のことは考えずに作る」というふうに変わったのが『DISCOVERY』だが、劇伴を手掛けたテレビアニメ『スタンドマイヒーローズ PIECE OF TRUTH』の劇中曲であるこの曲は、アニメ・バージョンには豪勢に入っていたストリングスを排し、3人の音だけになっている。勢いとか、ドラマチックさとか、めくるめく展開とか、ジェットコースター的というか、そんなような感覚を表現したい時は、3ピースに戻る方がいい、という判断なのかもしれない。違うかもしれない。とにかく、歌もの以上に雄弁、パンク以上にエモーショナル、曲が始まってから終わるまで、どこを通ってどこに連れて行かれるのかわからないスリリングさ。これぞfox。映画『スパイの妻』における蒼井優のような勢いで「お見事!」と言いたくなります。
あと、曲が2分を過ぎてテンポがゆっくりになるところで、井上司がスネアの代わりに2拍4拍に入れている音、何なのかが気になる。アニメ・バージョンの方のそこは、普通にリムの音だが、それとは明らかに違う音だし。何を叩いているんだろう。
Track 10.「numb」
2003年にリリースされたLinkin Parkのセカンドアルバム『Meteora』のシングル曲であり、彼らを代表する名曲「Numb」。ニューメタル/ラップの先駆けとなったアルバムの中でも、チェスターの歌声やスクリームによる重厚で陰鬱なエネルギーと、若者が自由に生きられない苦しい境遇をリアルに生々しく描いた「Numb」の歌詞は、世界中の若者たちの静かな孤独な苦しみに「声」を与えた。原曲では剥き出しに突きつけられた、混乱や葛藤の陰湿なエネルギーに込められた裏の「生命力」を繊細に、fox capture planらしい「温もり」と共に紡いでいる。
厳しく、優しさに欠けた世界の中で擦れて消えてしまわないように、作った殻を言葉で「破る」のではなく、優しく一枚ずつ剥いで、「生」の部分を見せて欲しい、そうピアノが語りかけるようだ。鼓動のように確かなリズムで響くドラム、どっしりと支えるベース。花弁が一枚ずつ、過酷な冬の中でも開いていくような、高揚感に秘められた気高い生命を感じる。現代のロックやポップスに偉大な影響を与え、一世代の若者たちの人格形成にまで寄与したLinkin Parkのレガシーを絶やさない一作。
Track 11.「夜間航路」
fox capture planは、耳の肥えた音楽リスナーには言わずと知れた大人のインストゥルメンタルバンドである。そして、意外と思われるかもしれないが、日本のオタクカルチャーをこよなく愛する者たちからも高い評価を得ているインストゥルメンタルバンドでもある。最初の接点は、2014年。『キングダム ハーツII』の主題曲とも言える「Organization XIII」を手掛けたとき。そして、最新の接点であり、その存在と音楽をアニメシーンに轟かせたのが、2018年公開の『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』、通称「青ブタ」である。彼らは同ラブコメ作品全体の劇伴を手掛け、更には「不可思議のカルテ」なるエンディングテーマまで担当。主要キャラの女性声優陣をボーカルに迎えたアプローチながら、そのアンニュイでドリーミーなジャズバラードはアニソンの固定概念を覆し、その上で覆しようのない現実に翻弄されながら生きる登場人物たちの心の機微に寄り添う音使いは、あらゆるアニヲタたちの度肝を抜いた。今回のアルバム『DISCOVERY』では、主旋律をサックスが奏でる新アレンジ&インストver.を堪能できるのだが、より一層「これをアニソンとして成立させたのか」とfox capture planの不可思議な技量に圧倒される。